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本店の周辺 |
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聖護院門跡 しょうごいんもんぜき |
寛治4年(1090)、白河上皇が熊野三山を参詣される際に先達を務めた修験僧、増誉誉大僧正が、その功績により賜った寺がこの聖護院です。大僧正は、全国の修験者の統括を命じられ、聖護院の最盛期には全国に2万の末寺をかかえる一大修験集団となりました。今でも春に葛城修行、夏に大峯奥駈修行、 数年に一度、全国の修験道場を修行する国峯修行を行なっており、きりりとした佇まいが昔とかわらぬ修行の厳しさを物語っているかのようです。
創建後4度の火災に合い、その都度市内を転々としましたが、1676年に現在の場所に戻って来ました。明治までは西側に聖護院村があり、うっそうとした「聖護院の森」が広がっていたとか。かつて御殿と呼ばれたこの寺の名は、今ではむしろ土地の作物だった聖護院大根や、八ッ橋発祥の地名としてよく知られるようになりました。 |
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